「55歳からのハローライフ」
村上龍さんの「55歳からのハローライフ」を読みました
本作品は5編からなるオムニバスです
主人公はいずれも中高齢者で、人生の再出発に直面した彼らの姿が描かれています
また村上さん自身があとがきで記していますが、主人公がそれまでの人生で築いてきた「信頼関係」についても描かれており、様々な形の信頼関係を知るきっかけとなりました
本ブログのテーマに「働く職場の組織風土改革」があり、その活動のポイントに信頼関係を置いています
ここでは、5編で描かれている信頼関係にスポットを当てて、組織風土改革のヒントを考えていきます
★ネタバレの内容を含みますので、ご了解の上、以降を読み進めてください
結婚相談所
この小説の主人公は中米志津子です
彼女が信頼を寄せているのは結婚相談所の相談員だと思います
中米志津子は、別れた夫のことや、相談所で紹介された男性との出会いを振り返りながら、今までの自分とは違う自分を確かめてみたいと思うようになります
しっくりとくる相手が見つからずに男性との出会いを繰り返しますが、相談員から「大切なのはこの先どんな人生を生きようと思っているかだ」という助言が心に残ります
最後には「自分はこれから一人で生きていこう」と決心するようになり、困っている人を助けるということに生き甲斐を見出すようになります
そのように考えさせるきっかけを与えたのが相談員の助言であり、中米志津子は「救いは相談員さんだ。あの人と知り合っただけでも入会した価値はあった」と考えます
中米志津子が相談員から見出した信頼関係は「自分を変えるきっかけを与えてくれる」関係なのです
職場でも同じで、「自分を変えるきっかけを与えてくれた存在」というのは信頼に値するものだと思います
空を飛ぶ夢をもう一度
この小説の主人公は因藤茂雄です
彼は中学時代の同級生福田貞夫と40年ぶりに再会し、当時転校生であった福田と友達になってくれたこと、因藤が分け与えた水筒の湧き水が美味しかったことを聞きます
病気を患っていた福田は死を悟って母に指輪を返すことを因藤に託します
そんな福田に「自分で指輪を返せ」と言い、彼の母が住む実家まで連れて、母との再会を果たしてあげます
福田亡きあと、福田の母から福田は引導を信頼していたと聞かされます
因藤は道路工事の交通誘導員のアルバイトに将来の不安を抱え、生きることに苦しみを感じていました
福田の母の話を聴いたと、自分には少なくとも家族がいて、まだ生きていて、おいしい水も飲める
そして生きてさえいればまたいつか空を飛ぶ夢を見られるかもしれないという希望があることを福田が教えてくれたのだと考えるようになり、生きる苦しみが和らいでいきます
このように福田の因藤に対する信頼が、因藤自身に生きる勇気を与えてくれたのです
信頼されることによって、自分自身の命にエネルギーが吹き込まれるという関係も職場でできるといいですね
キャンピングカー
この小説の主人公は富裕太郎です
退職した彼は妻との新しい関係を築くことに心労します
それは対等な別個の人格としての関係です
大学時代の柔道部で一緒だった駒野が自身の経験から次のようなアドバイスを与えます
「大切な誰かを心から受け入れるというのは、大変な作業なんだって、まずわかる。そして、少しずつ、本当に少しずつだよ、何か、自分を守る膜のようなものができていくんだ。そして、その膜の原材料みたいなやつだけど、これは、面倒なことに、自分の外側にしかない。」
富裕は自分にとっての「外」として、妻が教えてくれた自治会の柔剣道教室で子供に柔道を教えることを考えます
こうして、妻とのあたらな関係の構築に踏み出します
この小説では大切な人を心から受け入れることの難しさとその対処の仕方を教えています
職場の中でも「この人は苦手だな」と思う人がいると思います
それでもその人と仕事を続けなければならない
駒野が言う「膜」をどのようにして作り上げていくのかがポイントとなります
ペットロス
この小説の主人公は高巻淑子です
彼女が信頼を寄せているのが愛犬ボビーです
ボビーは淑子が泣いているとき涙をなめてくれます
彼女の異変を察して、本能的に優しくなると淑子は感じています
その高巻淑子が「ボビーとは言葉のない信頼感がある。おそらく信頼が私たちを癒してくれるのだ。」と述べます
高巻淑子がボビーから見出した信頼関係は「自分を癒してくれる」関係なのです
トラベルヘルパー
この小説の主人公はトラックドライバーの下総源一です
60歳を過ぎて独身の源一は、古本屋であった堀切彩子に思いを寄せます
ファミレスでのデートを重ねますが、これまで付き合ってきた女性と同じように、別れを迎えます
そのとき源一は、彩子を含めこれまで付き合っていた女性とは信頼しあえる関係でなかったこと、どうでもいいような関係の繰り返しだったことに気づき、ショックを受けます
そして彩子との出逢いから、「俺たちは、お互いに、もっと大切なことを話さなかった。本当に大切なことは、本当に大切な人にしか話せない。」ということを知ります
源一が見出した信頼関係は「大切なことを話し合える」関係なのです
様々なかたちの信頼関係
この5つの小説であげられた信頼関係は、次のことを生み出すことを示してくれました
- 自分を変えるきっかけを与える
- 生きる意欲を与えてくれる
- 心から人を受け入れられる
- 癒しを与えてくれる
- 大切なことを話し合える
いずれも職場の中でこのような人間関係を築くことができたら、とても働きやすい環境になりますね