熱血ヒーローは織田裕二さんのはまり役

Amazon Prime Videoのドラマ「監査役 野崎修平」を見ました

窓際役員と揶揄される監査役 野崎修平を織田裕二さんが演じています

正義感が強く、情熱的な男を演じさせると上手いですね、織田裕二さんは

おおぞら銀行の内部で行われている不正と闘う熱血漢ぶりを見事に演じています

総会屋や不良債権に対して、見て見ぬふり、諦め、同調圧力が蔓延している行内の空気を、野崎監査役がどのように変えていくのか

それが気になって、全8話を一気に見てしまいました

熱血漢ですから、野崎監査役の大切にする価値観は「正義」で、私利私欲が一切ない

ヒーローって自己犠牲的ですよね

「自分のことより人のため」という感じで

一方で、諸悪の根源である京極頭取は銀行を私物化する欲の塊

なので、価値観が正反対の二人は当然のごとく反発し合います

そんな野崎監査役は、熱血漢ぶりを発揮し京極頭取と対峙し不正と闘っていきます

その姿を見た行員たちは野崎監査役に惹かれ、共に行動を起こしていきます

なぜ行員たちは熱血ヒーローと共に闘うのか

見ている私もそうでしたが、ドラマの中の行員たちが野崎監査役に惹かれるのは、よく分かります

しかし、彼らは、野球観戦のように遠巻きに見ているだけのファンにとどまっているだけではないのです

危険を冒してまで共に不正を正す行動を起こすまでになるなんて、その理由がよく分かりません

「自分にできないことを、代わりにしてくれるから」

それはそうでしょうが、「代わりにしてくれるから嬉しい」という程度のことですから、行動を起こすとしても「頑張れ」と声援を送るレベルでしょう

「自分に無いものへの憧れから」

私も熱血ヒーローになれたらいいなあと思う程度のことであって、そのように振る舞うこととは違うと思います

「私利私欲がない、自己犠牲的だから」

欲張ってばかりでなく、私も野崎監査役を見習おうという程度のことだけで、本当に行動を起こすのは簡単ではないと思います

総会屋の手の届かないように野崎監査役の妻と娘を賃貸アパートに避難させるシーンがありますが、彼のように家庭を犠牲にしている姿はワークライフバランスのご時世と逆行している姿です

自己犠牲って、口で言うほど簡単ではありません

余程の信念がない限り「まぁ、いいか」と妥協してしまうものです

う〜ん、どれも「危険を冒してまで共に不正を正す行動を起こさせる」という理由に相応しくありません

働く意味を思い起こす

野崎監査役はドラマの中で、社員全員向けに行内放送で演説します

このときに、行員に入社した時の自分の姿を思い出すように訴えかけます

人それぞれだと思いますが、銀行で働くことに意味を感じて入社したと思います

「専門知識を生かして社会に役に立ちたい」
「自分のスキルを高めたい」等々

しかし、職場に配属され、自分の仕事を持つようになると、慣習や決まり事に染まっていきます

次第に入社時に果たしたいと思っていた仕事の意味が頭の片隅に追いやられてしまいます

その意味を野崎監査役が思い起こさせてくれたのでしょう

人は何をするときでも意味の無いことをしたくありません

意味のあることには進んで取り組みます

「この人と一緒にいると、忘れていた大事なことができるような気がする」

と感じて、野崎監査役に共感するようになります

会社は、存在意義がなければ社会に存続することができません

不正がはびこっているような銀行に、存在意義はないと感じた野崎監査役は、持ち前の正義感で不正をただし、社会的な存在意義を保とうとします

そして、行員が心に秘めている仕事の意味も最終的には社会的な存在意義に繋がるものです

そのことを敏感に感じ取るから、野崎監査役と共に危険を冒してまで不正を正す行動を起こさせるのでしょう

会社には仕事の意味を思い起こさせてくれる存在が必要である

このように考えると、行員が野崎監査役に惹きつけられることが分かりますし、このような人物がトップに立つことが、社員を奮い立たせ、会社を社会に存続させることになるのだと思います

このように社員の思いを仕事につなげていくような人材が会社には必要でしょう