共感はempathy

共感という用語は大辞林によると以下のように書かれています

① 他人の考え・行動に,全くそのとおりだと感ずること。同感。「―を覚える」「彼の人生観に―する」
② 〘心〙〔sympathy〕他人の体験する感情を自分のもののように感じとること。
③ 〘心〙〔empathy〕 →感情移入(かんじよういにゆう)②
                  (大辞林)

心理学の定義として②と③があげられています

これによるとsympathyとempathyの2つの意味があることが分かります

さらに③は「感情移入の②を参照」となっているので、そちらの定義を見ると以下のように書かれています

感情移入:② 〘哲・心〙〔英•empathyドイツEinfühlung〕リップスの美学などで,自然や芸術作品などの対象に自分の感情を投射し一体化すること。
                  (大辞林)

sympathyとempathyは、いずれも感情を自分のもののように感じたり、一体化するとありますが、両者の違いがよく分かりません

しかし、この二つには明確な違いがあります

それは主体がどちらにあるかです

sympathyにおける主体は「自分」にあります

主体は自分なので、相手の感情を自分のもののように感じても、湧き上がってくる感情は自分の感情となります

妻を亡くした男性に対して、「小さいお子さんを遺して可哀想だな」と感じる主体は自分なので、sympathyは共感というより同情というニュアンスの方が近いと思います

一方、empathyにおける主体は「相手」にあります

実際は相手を主体として自分が感じることはできないので、「相手の立場・目線から物事を見るように意識して」感じるということになります

相手に言葉をかけるときも、「相手の立場・目線で今の事態を捉えるとこのように感じるだろう」ということを代弁するかたちになります

相手の方が今ここの気持ちを表現したいのだけど、感極まって言葉に出ないようなときに、「こういう気持ちですね?」というような声のかけ方となります

カウンセリングの場面やこのサイトでは、sympathyではなくempathyを共感といいます

共感するためには

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親である横田滋さん(享年87歳)が今月5日に亡くなりました

横田滋さんは娘を北朝鮮から救出するために、40年以上まさに半生を捧げてきた人です

拉致被害者の救出運動のシンボルとして活動の先頭に立ってきた横田滋さんの「生きているうちに何とか娘の顔に会いたい」という思いに多くの方の共感を誘いました

共感を誘った背景には、「マスコミを通じて、横田滋さんが全国を駆け回って拉致被害者の救出活動の先頭を断っていることを知っている」「娘に会うために努力してきたことを知っている」「活動以外での過ごし方や人となりなど報道を通じて知っている部分がある」といった、前提条件や背景・経緯が共有されていることがあると考えられます

よって、共感するためには、

  • 前提条件、背景・経緯が共有されていること

が必要で、さらに

  • 相手に強い関心を抱くこと
  • 相手に好意的な感情を持つこと
  • 人生経験が豊富であること

などが必要となります

共感は人びとをつなげる

横田さんの例が示すように、同僚、親友や家族などと喜びや悲しみを分かち合い、共感することで、人々はつながることができます

この情緒的なつながりが様々な規模のコミュニティを築き上げます

このように共感は人間が社会を形成していくために必要不可欠な能力です

共感と右脳

人には左脳と右脳があります

下表のように左脳は論理をつかさどり、理解と納得のために使われます

一方、右脳は感情をつかさどっており、共感で使われるのはこの右脳です

左脳右脳
論理感情
理解、納得共感

仕事は一人で成し遂げることはまれで、周りの人の協力なしではいられません

人びとの繋がりをもたらす共感が必要となります

ビジネスの世界では、左脳が主に使われますが、左脳と右脳をバランスよく活用することが求められます